ひょん先生は背中で語りたい

精神科医。いじめられ体質から成長中。月曜日更新予定。

複雑性PTSDについて

こんにちは。

今日はSTAIR/NSTについて書こうとしたんですけど、そもそも複雑性PTSDの説明がないと、突飛すぎてしまうと思いなおして今日は複雑性PTSDについて説明しようと思います。

少しマニアックな部分もあるので、へえ、そうなんだ、くらいに流して読んでもらえるとうれしいです。厳密に言うと違いはあるんですけど、実際の臨床上の疾患概念としては愛着障害と重なることが多いです。

 

 

複雑性PTSDが発見された経緯

 

複雑性PTSDというなら、単純性PTSDはあるのだろうか、と思う人もいるかもしれません。単純性という言い方はしませんが、複雑性PTSDは従来のPTSDと区別した疾患概念になります。

PTSDは単回で生じたトラウマ体験で生じるトラウマの再体験(フラッシュバック)、トラウマ想起の回避(トラウマ記憶を避けようとした行動をとる 等)、過敏(驚きやすさ など)といった症状が起きます。

ただし、幼少期に繰り返し受けたトラウマ体験によるPTSDと、大人になってから生じた単回のトラウマ体験によるPTSDでは病態や予後が異なるため、複雑性PTSDの概念が生まれました。

複雑性PTSDでは、トラウマ体験が繰り返し生じ、PTSDの症状の他に、情動調節障害、対人関係障害、否定的自己概念も生じます(厳密には複雑性PTSDも単回のトラウマ体験でも他の診断基準を満たせば診断されることがあります)。トラウマ記憶に傷つくだけでなく、気持ちのコントロールの難しさや、人づきあいの難しさ、自分に対する否定的な考えが強くなってしまうため、日常生活の困難も大きいのです。理由としては、大人より人生経験が圧倒的に少ない子供では、出来事より重大で驚異的なものになりやすいく、トラウマ体験が子供時代に起きていることで、気持ちのコントロールや対人関係スキルを身に着ける機会を奪われてしまっていることが考えられます。

また、大人のトラウマ体験の場合は、もとの生活を取り戻すステップを踏むのに対し、子供時代に慢性的に体験したトラウマ体験の場合、安心できる環境にいた経験もないため、新たな生活環境に身を置くために、新たなスキルを身につける必要があり、治療に対しても困難が生じやすい傾向にあります。

 

逆境的小児期体験、発達性トラウマとの関係

逆境的小児期体験というまた別の発見もあります。逆境的小児期体験は目の当たりするといったトラウマ体験から、愛情を受ける体験の乏しさといった従来のトラウマ体験より広がりをもった傷つき体験として捉えられており、この影響で、従来のPTSDと異なる、感情コントロールや対人関係の不安定さのある発達性トラウマ障害が生じると考えました。症状としては複雑性PTSDと大きく変わりないです。ただし、重要な違いとしては、複雑性PTSDではトラウマ体験の定義が、「生命の危険、脅威をもたらす」トラウマ体験と定義されているため、病態として複雑性PTSDだったとしても診断を下すまでは至らないことがあります。以前、PTSDの研修会を受けた際も、トラウマ体験でなければこの診断には該当しない、と強調されていました。ただし、子供、特に親の保護が多くいるような幼少期においては小さなことでも「生命の危険、脅威をもたらす」体験として捉えられるだろう、という見方もできます。

また、複雑性PTSDの出来事として、主に子供時代のトラウマ体験をきっかけとして考えられることが多いですが、診断基準では出来事がいつ起きたのかということは定義されていないため、大人になってからの家庭内暴力といったことも包括されると考えられ、そういった意味では広くとらえられる点があると思います。

 

愛着障害との関係

愛着障害も厳密なトラウマ体験だけがきっかけであると捉えられていないため、発達トラウマ障害に近いと考えられます。発達トラウマ障害はコークという精神科医が提唱している疾患概念であり診断基準も考えられていますが、愛着障害は診断基準は組み込まれておらず概念的なのです。反応性アタッチメント症や脱抑制型対人交流障害が愛着障害に該当すると考えられますが、これらは子供に限定した疾患とみなされるため、言葉や概念として用いますが、公的な診断名としては存在しないのです。

まとめ

 

今日は複雑性PTSDについて説明しました。少しややこしいのでまとめます。

 

PTSD単回の死を想起するようなトラウマ体験による恐怖感に支配される障害。感情のコントロールの難しさなどの日常生活の困難はなくても良い。トラウマ体験の時期は問わない。公的な診断基準がある。

複雑性PTSD単回、複数回死を想起するようなトラウマ体験による恐怖感に支配される障害。感情のコントロールの難しさなどの日常生活の困難がある。トラウマ体験の時期は問わない。公的な診断基準がある。

発達性トラウマ障害:不適切な養育環境による感情のコントロールの難しさなどの日常生活の困難がある。公的な診断基準はない(提唱されているのみ)。

愛着障害不適切な養育環境により安心感がなく日常生活の困難がある。部分的に子供のみ公的な診断基準があるが、大人も含めた診断基準はない。

 

ちなみに、精神科の診断基準はWHOが策定しているICDと、米国精神医学学会が策定しているDSMの2種類があり、複雑性PTSDはICDの診断概念でDSMにはありません。というややこしい違いもあります。ここまでくるとマニアックですが…。

また、近年いわれているHSPアダルトチルドレンについてもICDにもDSMにも記載はないため診断名として存在せず、俗称的な言い回しになります。

 

最初にいったみたいに、厳密にいうと違いはあるんですけど、実際は愛着障害複雑性PTSDもだいたい同じ意味合いに使っていることが多いです。ただ、精神科医としては診断基準があるものはそれにそって診断しないといけないので、自分のまとめもかねてマニアックな記事になりました。書くのに時間もかけてしまいました…。

 

トラウマの捉え方に興味がある人向けにおすすめの本を紹介します。主にはひきこもりの観点からトラウマ体験をとらえ直している本なのですが、疾患概念や治療についての考え方など新たな視点が持てて面白かったです。マニアックな方は是非。